三陽商会にみる「ポール・スチュアート」商標権取得の効果

2021年3月11日、株式会社三陽商会が、米国のアパレルブランド「Paul Stuart/ポール・スチュアート」の日本国内の商標権を、米国のPaul Stuart, Inc.から取得する契約を締結したことが発表されました。

三陽商会といえば、数年前に「バーバリー」ブランドのライセンス契約が終了し、三陽商会を通じての「バーバリー」商品の販売がなくなったことが大きな話題となりました。

本稿では、商標(ブランド)のライセンス契約や商標権の取得について、考察したいと思います。

ライセンス契約のリスク

ある商標を使う前、あるいは、もう既に使い始めている商標について、商標の調査のご依頼を頂き調べてみると、実は、同じような商標がもう他社によって商標登録されてしまっていた、なんてことが比較的によく起こります。

このような時に、たまにお聞きするのが「ならば、その他社から商標のライセンスを受ければ、その商標を使えるよね。」というセリフ。
これ、確かに間違ってはいません。しかし、色々と問題はあります。

まず、もし、その商標を既に使い始めてしまっている場合、その他社の商標権を侵害してしまっている可能性が大きいと考えられるのですが、商標のライセンスのお願いをするということは、ご自分が商標権を侵害していることを申告するようなもので、おすすめできることではありません。

まだその商標を使い始めていないので商標権の侵害はしていない、ということで、その他社にライセンスをして欲しいとお願いしたとします。
その他社は、ライセンスに応じなければいけないという義務はありませんので、断られてしまうかもしれません。また、ライセンスを認めてもいいけど、ライセンスの対価、つまり、ロイヤリティを支払ってもらうということになるかもしれません。しかも、そのロイヤリティが想定していたよりも高額かもしれません。
つまり、商標権を持っている方が立場的に強く、ライセンス交渉について主導権を握ることができる反面、ライセンスのお願いする方は非常に弱い立場なのです。

商標のライセンス契約を結ぶことができたとしても、ライセンス契約の中で様々な縛りや制約が設定されてしまうことがあります。先ほど述べたロイヤリティもその1つですが、他にも例えば、販路・販売地域を限定される、新商品の発売する前に商標権者にサンプルを提出して商標権者の承諾を得なければならないなどの条件が設定されると、事業活動に支障をきたすかもしれません。これもやはり、ライセンスを認めてもらう方の立場が弱いためです。

そして、ライセンス契約は契約なので、契約期間が設定されるのが通常です。
ライセンスの対象となる商標権が存続している間が契約期間になるという契約期間の定め方であれば安心ですが、このような定め方はまれだと思われます。
むしろ、「契約締結日から〇年間で、その後は1年ごとの自動更新」という契約期間の定め方が多いと思います。この場合、自動更新だから安心と思われがちなのですが、通常は、無条件に自動更新されるわけではなく、「契約当事者の一方又は双方に異議なきときは自動更新」というような条件が付きます。このような条件が付くと、商標権者が異議を唱えれば、ライセンス契約は自動更新されずに終了してしまうのです。
つまり、ライセンス契約の最大のリスクは、三陽商会の「バーバリー」のケースのように、思いもよらずに契約が終了してしまうことです(三陽商会が思いもよらなかったかどうかはわかりませんが)。

商標権取得の場合

今回の発表のように、他社から商標権を取得するという手段もあります。
ちなみに、商標権を取得するというのは、三陽商会からすれば商標権を買う、Paul Stuart, Inc.からすれば商標権を売ることで、登録商標の名義をPaul Stuart, Inc.から三陽商会に変更することです。

今回のケースでは、既に、商標権取得の契約を締結済みとのことなのですが、一般に、商標権を取得することも中々難しい問題があります。

まずは、商標権者が商標権を売ってくれるかどうかわかりません。
ライセンスの場合は、商標権者は商標権を持ったままでいられますが、商標権を売るということは商標権を手放すことになりますので、ライセンスを認めてもらうよりも難しいと考えられるのです。

また、商標権をただでくれるようなことは、まずないでしょうから、商標権を取得するためには、商標権を譲渡してもらうことの対価を支払うことになるでしょう。商標権の譲渡の対価は、一般には、ライセンスの対価であるロイヤリティよりも相当高額になります。

ただし、商標権を取得することにもメリットはあります。

商標権を取得するための契約の内容にもよりますが、商標権を取得すれば、権利を自社で持つことができるので、ライセンス契約の場合のように色々と条件が付けられたり、思いもよらずに契約が終了してしまったりするようなことがありません。

まとめ

商標のライセンスは、商標権者が必ずしも認めてくれるかわからないし、契約に様々な条件が付けられたり、意に反して契約が終了してしまうことがあるので、注意が必要。

商標権の取得は、商標権者が商標権を譲渡してくれる可能性は低く、譲渡額が高額になるのでハードルが高いものの、権利を自社で持つことができるので、その後の事業活動の自由度は高い。

2021年03月12日